参禅者の所感


普段の生活の中で


 まだ坐禅を始めて間もない頃、成城学園前駅で耕雲寺様の看板 を見かけ、坐禅会の門を叩きました。あれから八年がたちました。 今は早朝の坐禅によく参加させていただいています。
 普通の生活をしながら坐禅を続けていく上では、生活を正すとい うことが大切なように思います。朝早く起きて坐禅をし、姿勢を正す と、不思議に細かいことにこだわらず、よけいな執着を離れて、きも ちのよい一日が送れます。私自身それほどりっぱな生活ができている わけではありませんが、わずかずつでも続けることは大事だと思いま す。そうすると普段生活している中で、たまにふときがつくことがあ ります。大したことではないのですが、それは何か自分なりの正しさ や、こうあるべき、こうありたいなどということがあって思うのでは なく、ただああそうだと思うことです。私はこれがたいへん大事なこ とのように思えます。
 初めは私も自分なりの疑問や悩みをもって坐禅の世界に入ったので すが、次第にこういうことが大事だと思うようになりました。それは 初めの疑問がどうでもよくなってしまったのではなくて、仏教という 大きな世界の中で、気がついてみると私の初めの小さな悩みもその中 にあったということです。ようやく仏教というものの大きさに気づく ようになったということでしょうか。

平成17年6月4日発行 坐禅会四十周年記念誌「坐禅四十年」より


6.駒澤大学教授 石井 清純先生 提唱

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